くるみとあんずの散歩道

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古寺巡り  ①覆面千手観音

2012/11/27(Tue) 19:12
晩秋の昼下がり、ご近所にお住いの御夫婦のお誘いを受け、

ドライブ兼古寺巡りを楽しみました。

行先はまず・・・『真言宗智山派高倉山真野寺

DSC03014.jpg


開山はなんと聖武天皇時代というから今から一千百余年前。。。高僧行基菩薩によって、と言われています。

その五百年後、野火により焼失。翌年に北条義時が資材を投じて再建した、そうです。

DSC03017.jpg


信仰の中心になっているのは大黒天で、商売繁盛・事業繁栄・家内安全・心願成就・諸願成就を

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守り導く神様、とのことですが、静かな山の中にひっそりとたたずむ様子は霊験あらたかな印象を受けます。

源頼朝が源氏復興祈願のため立ち寄ったとか、後の里見公から領田を賜ったとか、

徳川家康から御朱印を賜ったとか、隆盛を極めたとの史実とはイメージの違う…素朴な古刹です。


この大黒天の祈祷所の欄間彫刻が見事です。

DSC03020.jpg

『波の伊八』と呼ばれ数々の名作を残した彫工・初代武志伊八郎伸由の作。

でも、元禄の大地震、大正の関東大震災の2度の大被害により・・・

DSC03021.jpg
欄間も割れてしまいました。

DSC03023.jpg





この日…お誘いくださったご夫婦が、くるあんママをこの真野寺に連れて来て下さった第一の理由は

何年に一度しかお姿を拝見できない『覆面千手観音像』を見せて下さる為でした。

DSC03056.jpg

実物は撮影NGなので、印刷物をパチリ(詳しくは上記HPで見てね)

行基の御霊作と言われていますが、衣装のデザインからして室町時代の作とも言われ、

一本の木から彫り出されているそうです。

最大の特徴は、お顔の部分に菩薩面をかぶっている点で、それは能のお面のように取れるのだそうです。

お面の下に隠された本当のお顔は、それはそれは優しいお顔だそうですが、

では何故、お面をかぶっているのでしょう? 説明係の方によると

この千手観音様が、悩み、迷える者たちに救いの手を差し伸べようと諸国を回っていらした時、

ある心に邪悪なものを秘めた者が前に進み出てきました。

千手観音様の目はそうした心悪しき者を見抜く力があり、その目の鋭さと霊力の強さとで、

見抜かれた感じた者は恐れおののき、地獄へと墜ちて行ったと言います。

本来は心悪しき者にも救いの手を差し伸べ、善行の道へと導こうとされていた千手観音様は大変悲しまれ、

以後、ご自分の素顔を見せず、直接目を合わせず、民を救う修行を重ねられました。

もう一つの伝承では・・・

あまりにも強い本尊の霊力を鎮めるため、慈覚大師がかぶせた、とも言われています。

滅多に見られない貴重なお姿を拝見できました。

この後、石堂寺に向かいます



お出かけ コメント:4 トラックバック:0
コメント:
--NoTitle--

見事な欄間ですね
歴女のママさん楽しかったでしょうね

イキイキしたお顔が 浮かんできます 
by: トトロママ * 2012/11/28 11:26 * URL [ 編集] | page top↑
--☆トトロママさんへ、--

歴女って程ではないのですが・・・楽しかったです。
どこまで正確な話か分からないのですが、
彫刻の施し方、衣装の表現により大よその時代が解るそうです。

欄間は見事でした。
真っ二つに割れてしまったのは大正12年の関東大震災の時の事だそうで、
我が家の叔母はその直前に生まれたんです。
オバサンも古いな~~(^_^.)
by: くるあんママ * 2012/11/28 18:42 * URL [ 編集] | page top↑
--NoTitle--

いいですね!
神社巡りがすきなんですが、お寺もいいですね!
私も行ってみたくなりました。

今の季節は特にお天気がいいとお出かけがたのしいですよね。
by: トマト娘 * 2012/12/01 00:24 * URL [ 編集] | page top↑
--☆トマト娘さんへ、--

神社とかお寺を訪れると落ち着きますね?

ここ南房総は今でこそ気楽に行かれる所になりましたが、
昔々は半島の先端のため、ここにたどり着くまでに艱難辛苦の思いをするからでしょうか?
侵略されたり、城主が代わったりした史実がほとんどなく
平和で温暖な地域です。
歴史に残るようなドラマチックな事件が無いのですが
古くから人々が住み着いていた証ともいえる、お寺や古墳があります。

穏やかな町は、おっとりした人々を育て上げています。
by: くるあんママ * 2012/12/02 07:44 * URL [ 編集] | page top↑
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プロフィール

くるあんママ

Author:くるあんママ
2012年夏、東京下町から南房総内房の海岸近くにお引越し。
ミニチュアシュナウザー、くるみ(ソルト&ペッパー12歳)とあんず(ブラック8歳)パパママの4人暮らし。
時に、オバちゃんの介護日誌も兼て。
東京の家には長女CHA-ネエ・ポメラニアン小太郎(7歳)きなこ(2歳)が。
お散歩、趣味(料理)、お友達とのお付き合い、ボランティア等々気の向くまま綴っています。

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