くるみとあんずの散歩道

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大房岬 戦争遺跡②

2015/04/04(Sat) 18:59
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大房岬の戦争遺跡の概要を

九条の会のH先生に教えていただきました。

要塞となったのは…

戦国時代に安房を平定した里見氏の狼煙台から始まり

幕末の砲台へ。。。

日露戦争直前の艦砲射撃的跡

第1次世界大戦後のリサイクル要塞跡(1928~30)
    砲塔・観測所・証明書・掩灯所・発電所

第2次世界大戦・アジア太平洋戦争時
    陸軍の兵舎跡
    海軍の魚雷射堡

これらを掘り下げて説明してくださいます。



昔の絵地図を示され話してくださったここは
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岬の第二展望台に近づいたところで
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地元に伝わる↓昔話が残っている増間島は
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この右手に見える島です。
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masumajima[1]

信仰の岬から、首都防衛の基地になり、黒船に備えた砲台から
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コンクリート造りの、帝国陸軍の要塞になりました。
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きっと国民の多くは食べるものにも苦労していたことでしょうが
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盗掘にあった部分は傷んでいるものの、コンクリートそのものは
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ビクともしない立派なものでした。
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探照灯とはサーチライトのことで照射距離は
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暗夜の良好な気象状態で7~9kmだったそうです。
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発電所は探照灯用のもので50馬力、27キロワットのディーゼル発電機が
img131[1]
2基設置されました。


さて、戦争で死亡した軍人と民間人の割合を教えていただきました。

時代とともに、驚くような割合に変化して言っています。

第1次大戦    軍人95%   民間人5%

第2時大戦    軍人52%   民間人48%

朝鮮戦争     軍人16%   民間人84%

ベトナム戦争   軍人5%    民間人95%



平和な今、こんなのどかなキャンプ場になっていますが
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海蝕崖の海岸には

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魚雷射堡(魚雷発射基地)が・・・。
img134[1]
gyorai[1]
洞窟内の魚雷数発を1発ずつ台車に乗せ格納しておき

敵艦が現れると水中まで惹かれたレール上を」台車に乗せたまま押し出し

逐次発射するものだったそうです。

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莫大な費用を投入して備えた要塞の数々ですが
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実際は、航空機などの新兵器の出現により
DSC04493.jpg
使われることもなく、戦争遺跡となりました。




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プロフィール

くるあんママ

Author:くるあんママ
2012年夏、東京下町から南房総内房の海岸近くにお引越し。
ミニチュアシュナウザー、くるみ(ソルト&ペッパー12歳)とあんず(ブラック8歳)パパママの4人暮らし。
時に、オバちゃんの介護日誌も兼て。
東京の家には長女CHA-ネエ・ポメラニアン小太郎(7歳)きなこ(2歳)が。
お散歩、趣味(料理)、お友達とのお付き合い、ボランティア等々気の向くまま綴っています。

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