くるみとあんずの散歩道

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観音霊場を歩いて・・・

2014/04/21(Mon) 00:00
なぜ巡礼が行われ、風習となったのでしょうか・・・

安房の国札34ヵ所観音巡礼は

鎌倉時代(1232年)悪疫が流行り飢餓に襲われ

世情の惨憺たる状況に心を痛めた高僧たちにより

相計って始まりました。

安房国内に奉安する観世音菩薩に御詠歌を奉納、

厨子の帳を開き、拝んで巡り歩いたのです。


日本では古代より信仰の対象となっていた観世音菩薩ですが、

このような経緯で、広く観音様として一般大衆に広まった訳です。


あまねく衆生を救うため相手に応じて33の姿に変身して

救済の手を差し伸べる、といわれる観世音。

なぜか安房国札は34観音霊場あります。


札所を回る巡礼により、街道が整備されるようになりました。

戦国乱世の時代であっても、札所巡礼者だけは

関所の通行が許され、関銭が免除されたと言われています。

こうした優遇措置が増々巡礼者を増やし、街道筋の整備が促され

交通の発展が広まって行きました。


巡礼は、大衆を救う観世音に手を合わせる、心の糧と

長時間歩くことで鍛えられる足腰、そして

その地の歴史的な隆盛が垣間見られることを勉強しました。


富山の麓の福満寺の後、歩いて歩いて歩いて
DSC00806.jpg
(余談ですが、我が地域は↑酪農発祥の地なんです!)

殆ど舗装された道とは言え、山坂越えて

DSC00807.jpg

足の指が痛~くなったけど、必死に我慢。。。

DSC00808.jpg

あ!そうそう!

沢山、山の写真撮った中、どれがどれだか解らなくなっちゃったので

また改めてチャレンジして撮って調べて来ますが、この付近・・・

え~っと富山の麓から房総半島の内陸に向かって進み付きあたった所に

犬掛という交差点があり、88号線が南北に通っているのです。

で…その道はどことなく、寂しげな印象をママは受けるんです。

明るい海岸地域に比べると、遠くに山々が連なり

その間を見渡すように田畑が広がり、ところどころ酪農が点在する…

そんな素朴な景色の中、曲がりくねった道が通っています。 

ここを歩きながら、ボランティアのリーダー(元・校長先生)が

教えて下さいました。

この道に並行する様に、古い道が合ったことを。

落ち着いて聞いてくださいよー!

その古い道がいつ頃の時代だったか、というと、

なんと大和時代にすでにあった道なのだそうです。

大化の改新の時代にですよー!こんな寂しい山の中にぃ?! 

いや!当時は寂しい山の中じゃなかったらしい。なにせ

古代官道・川上駅があったというんですから!

ちょっとびっくりしませんか?

その頃は、海岸地域より、ずっと開けていた所だったのだそうです。

平群(へぐり)軍団が置かれていた、とも。。。

ということは古代大和政権の支配力に

抵抗する意味だったのでしょうか?

平群という文字から、平家の末裔が群れを成して住み着いてのことかと

勝手な解釈していましたが、とんでもなく古い時代から平群という名が

使われていたようです。


とにかく、古から栄えていた地域だったことは確かです。


この道路近辺で発掘されたという

京田遺跡DSC00820.jpg
5千年前の縄文中期の土器が発掘されました。

5千年前ってことは、紀元前3千年に

手の込んだ縄文土器が作られていたのです。

それが使われていた、ということは集落があった、ということ。

でもその後発掘調査がされず、自然林のままなのが残念です。

その近くにある龍泉寺へ。。。
DSC00809.jpg

うっそうとした木立の中、苔むした自然石の階段を上ります。

正確な由緒は不詳。開山は1600年代と思われます。
DSC00812.jpg
本尊は不動明王。
DSC00813.jpg

魅力的なのは、境内社の奥まった所にあるボロい小屋…

なんと八幡社、延宝6年創建。神仏混淆の時代のまま

古い建物が風雪に晒され、今日に至っています。

DSC00815八幡宮

DSC00817.jpg

タイムスリップしたかのような龍泉寺を抜け出て来ると


枝垂桜が にわか巡礼者を見下ろしていました。
DSC00818.jpg


くるあんママの初・巡礼はまだまだ続きます(*^。^*)

また見に来てね!(^^)!


勉強 コメント:4 トラックバック:0
コメント:
--わが家から見える風景--

観音巡りの続編興味深く拝見しました。
恥ずかしながら私はこのような山歩きに
あまり参加したことがありませんでした。
当然地域の歴史は、ほとんど勉強したことが
ありません。くるあんママが通った道は
わが家のベランダから見える道だと思います。
牛舎があり、菜の花が咲いている道です。
もう一つ上の道がいつも私が使っている
道で(車で)、我が家の裏には鎌倉武士が
馬で駆け抜けていた鎌倉街道があります。
そして馬たちを守ったり弔ったりする為でしょうか?小さな馬頭観音があります。
私は馬好きなので、何かに導かれたような
気がしたものです。奈良にも平群という地名が
あるので、繋がるものがあるかもしれません。
歴史も面白いものですね。
by: 平久里の黒うさぎ * 2014/04/21 15:29 * URL [ 編集] | page top↑
--☆連mama さんへ、--

ママさ~ん♪
詳しいコメントありがとうございます。
そうなんですか?牛舎や菜の花のあの道!

鎌倉武士が馬で駆け抜けて行った鎌倉街道!
馬頭観音はその時の馬を弔うために。。。
そう言えば、こうした観世音巡礼は
鎌倉時代の飢餓・悪疫を治めるため…と聞きました。
この地域は、とても古くから栄えていたのですね?

昨日、地元のママさんとお話ししましたら
海の水は飲めないけど、山の湧水は飲める、だから
海より山の方が、古代人は暮らし易かったに違いない、と
教えてくれました。
今の暮らししか知らないと、解らないことも
少しずつ謎解きされていっています(*^。^*)

今朝雑用でひとり東京へ行き、夜八時に帰って来ました。
やはり、田舎暮らしが一番!と改めて感じました。
by: くるあんママ * 2014/04/21 20:33 * URL [ 編集] | page top↑
----

ままさんお疲れ様でした^^
歩けるかしらとご心配なさっていたのに
歴史まで楽しまれながら散策されるなんて楽しまれましたね

歴女のママさんが歴史深い所に住まわれて良かったですね

今日もテレビで富山の駅と道の駅富楽里が放映されていました
お花が綺麗でした
by: トトロママ * 2014/04/21 20:38 * URL [ 編集] | page top↑
--☆トトロママさんへ--

トトロママさん、ご声援、ありがとうございました~~~♪
足の指の痛み以外、身体は特に疲れず、腰痛も出なかったのですが
午前中、日差しを浴びる中、上り坂を歩き続け
汗をドッとかきました。その後、
昼過ぎ、山で気温が急激に下がり
汗で湿った衣服が冷たく感じ、体調が少し崩れました。

お弁当、飲み物、チョコレート(遭難した時の用意(^_^.))など
準備したのですが、衣服の着替えを持たずに行ったのが失敗でした。
そんな訳で途中、ちょこっと車に乗りましたが、
他は皆さんと一緒に行動できました。
家に帰って地図で調べたら、房総半島の
海辺から真ん中まで歩いて行ったことが解り
ビーックリしました。
人間の足って意外なほど遠くまで歩けるものなんですね。

そうそう。。。富楽里とか、道の駅や食べ物などは紹介されるのですが
もっと房州の知られざる魅力を広めようと
ママは張り切っております!
by: くるあんママ * 2014/04/22 09:01 * URL [ 編集] | page top↑
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プロフィール

くるあんママ

Author:くるあんママ
2012年夏、東京下町から南房総内房の海岸近くにお引越し。
ミニチュアシュナウザー、くるみ(ソルト&ペッパー12歳)とあんず(ブラック8歳)パパママの4人暮らし。
時に、オバちゃんの介護日誌も兼て。
東京の家には長女CHA-ネエ・ポメラニアン小太郎(7歳)きなこ(2歳)が。
お散歩、趣味(料理)、お友達とのお付き合い、ボランティア等々気の向くまま綴っています。

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