くるみとあんずの散歩道

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人生の先輩の話②

2014/04/07(Mon) 00:00
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若い頃、バイト先のクリニックで、

多くのお年寄りと接することが出来ました。

聞かせて頂くお話の中に

人それぞれ驚くようなドラマを体験されていることを知り

大いに勉強させていただきました。


明治・大正・昭和の始めは、貧困や差別、

食べていくための生きる道を模索していたようですし

戦後は、豊かさを追い求めて競争しているようでした。



多くの苦労話をお聞きしましたが、中でも

(当時)92歳のご婦人の話は、圧巻でした。

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彼女は明治後半、福島の片田舎で

兄弟が大勢いる中、ただ一人の女の子として生まれ育ちました。

今の時代でしたら、ひとり娘として愛され大切にされたでしょう? と

思われる所ですが、時代や、地域、家庭の考えはまちまちです。


福島の寒村のその生家は、男尊女卑の家庭だったそうです。

女であると言うだけで、教育を受けさせてもらえなかった上

何をするにも男が優先され、女は低い扱いだった、と言います。

そんな家庭でありながらも、言いたいことは何でも言っていた彼女は、

「今に見てろ!女が大事だとわからせてやる。

 おれ(女性でもこういう)が重要人物だって今に解るからな!」

と、毎日のように言っていたそうです。


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ある日、膝に痛みを感じた彼女は、診断を仰ぐため

田舎に一軒だけある医者を訪れます。

すると医者はロクに調べもせずに、

温かみの無い対応でこう言いました。

「これは恐い病気が潜んでいる。明日にでも膝から切断する」


普通の娘だったら、卒倒するような言葉です。

でも気丈な彼女の脳裏は、こんな思いが駆け巡りました。



五体満足で、朝から晩まで牛・馬のように働いても、

ただ女だというだけで、低い扱いを受けている。

これで片足になり、充分な働きが出来なくなったら、

どれほどヒドイ目に合うのだろう...



食べ物も食べさせてもらえないのでは?

家から追い出されるのでは?

そうしたらどうやって生きて行こう?



それに、あの医者。。。あいつは信用できるのだろうか?



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彼女はきりっとした表情で私を見て

「こんな田舎のへっぽこ医者に、足1本取られてたまるかー!」

と声を大きくして、その決意を言いました。


東京へ行こう。東京には医者がたくさんいる。

信用できる医者に診てもらおう。。。と。





その晩、

彼女は家の近くの裏山にある小さな神社に願掛けに行きます。


「おれは東京へ行ってくる。おれの足を守ってくれ。

そうしたら、おれは誰よりも働く。たくさん金を稼いで

金持ちになって。。。

村中の子供に小遣い銭くれてやれるまで、おれは帰らねえ。

それまで待っててくれ。おれの足を守ってくれ」


彼女はこう宣言して、黙って家を出

福島の寒村を後にしました。

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上京後、まず病院へ。

検査を受けた後、医者の診断結果はなんと、

「特に病気は無し」とのこと。

何日分かの湿布を渡され、

「これで様子を見ましょう」。。。その後、ほどなく

ケロッと治ってしまったと言います。


あの時、田舎のへっぽこ医者の言いなりになっていたら

取らなくていい足を取られ、

片足になって、どんなに苦労をしただろうか?と考えると

東京へ出てきて、本当に良かった、とつくづく思ったそうです。


その後、彼女はがむしゃらに働きました。

働いたお金で家畜を飼い

牛や馬に荷車を引かせて、物を運搬させたのです。

当時はまだ自動車は少なく、物を運ぶのは

もっぱら馬車が多かったのです。


その牛・馬よりもよく働く、彼女はいつ寝ているのか?と

近所で評判になるほど働きました。


やがて自動車の時代が到来。

トラックを次々購入し従業員を雇い、

会社経営の第1歩を踏み出します。


結婚もし、子供もたくさん生まれました。

どの子も優秀に育ち、仕事も順風満帆な毎日を過ごすうち、

ふと気が付いたら、夫がいなくなっていました。

妻の稼ぎで、外に女性を囲っていたのです。

「そんなこた、気にしね・・・」

とにかく働き、お金を稼ぎ

優秀な子供を育てたい・・・自分の足を守ってくれたような優秀な医者に!

世の中に貢献できるような優秀な人材を育てたい!

それが夢でした。。。

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こうして月日が過ぎたある日、彼女は帰郷します。

傷心の思いで田舎を飛び出したあの晩、

裏山の神社に願掛けした、あの約束を果たす為。。。


村中の子供たちに小遣い銭を配り、

故郷に錦を飾りました。


その後も働く人生を突っ走り、会社を大きくし、都内にビルも建て

夫がどこで何をしようと気にする余裕もないまま、

ひたすら働き続けました。

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さらに年月が経ち、老いた両親が救いの手を求めてきました。

どんなに可愛がって育てた息子達でも、

その嫁に老いた親の世話をさせるのは、遠慮があったそうです。

実の娘なら言いやすい…という両親に


「おれは言ってやったんだよ」

彼女は鼻に皺を寄せて、クスクス笑いながら言いました。

「どうだ、解ったか?娘が頼りになるってこと!

 女が重要人物だってこと、解ったか?」と。。。



マッサージが終わり、施術台から立ち上がり

カーテンの向こうへ去って行くとき、決まって振り向き

「あんたの親もいつか解るよ、あんたが重要人物だってこと!」

と愛嬌のある笑顔を残し

次の診察室へ向かって行きました。


優秀な医師を育てるという彼女の夢を叶えてくれた

孫の待つ診察室へ。。。

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思い出 コメント:2 トラックバック:0
コメント:
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ママさんのマッサージの腕前は、丁寧に
マッサージをしていただいたトトロママがよく知っています^^

お仕事先でお聞きになったお話は現在の
ママさんの優しさにつながっているのでしょう
解りやすく文章を書いてくださって
ありがとうございます 一気に読ませていただきました

by: トトロママ * 2014/04/07 20:51 * URL [ 編集] | page top↑
--☆トトロママさんへ--

いつもグダグダと、個人的な思い出話をお読みくださいまして
ありがとうございます。
それまでは、楽な人生を選んできたのですが
クリニックでの仕事は、体が疲れる反面
心に残るお話を毎日聞かせて頂きました。
私たちの親の世代、祖父母の世代の人たちは
とっても苦労の多い人生を過ごされた方々が多かった、と思います。
だからせめて年金くらい、充分に受け取って
楽な老後を過ごしていただきたい、といつも思っています。
by: くるあんママ * 2014/04/07 22:07 * URL [ 編集] | page top↑
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プロフィール

くるあんママ

Author:くるあんママ
2012年夏、東京下町から南房総内房の海岸近くにお引越し。
ミニチュアシュナウザー、くるみ(ソルト&ペッパー12歳)とあんず(ブラック8歳)パパママの4人暮らし。
時に、オバちゃんの介護日誌も兼て。
東京の家には長女CHA-ネエ・ポメラニアン小太郎(7歳)きなこ(2歳)が。
お散歩、趣味(料理)、お友達とのお付き合い、ボランティア等々気の向くまま綴っています。

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