くるみとあんずの散歩道

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秋の味覚

2017/09/05(Tue) 18:45
草ボウボウで
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味気ないくるあんガーデンですが、これでも雑草を刈ったり
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向日葵の木を切ったり、しています。

さて・・・先週でしたか…長野のWAN友・セラママさんから、

『ながさわ白桃』をお送りいただきました。
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爽やかな美味しさで止まらなくなり、

パパとふたりで、ほとんど頂きましたヽ(´▽`)/

ありがとね。。。ママさん。


そして・・・

甲府のイチナナちゃんのおウチから

ウインク と ロザリオビアンコ
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旬の美味しさに感動!皮ごと頂けます。

半分は冷凍し、シャーベット状にしました!

 ありがとうございます、トマトパパさん。



TVの健康番組で

ゴーヤの健康効果を聞き、せっせと食べています。

昆布と鰹節の出汁とめんツユで煮たのが、ママの好みですが、

ゴーヤを下さった方からリクエストが多いのが、

毎度お馴染みの肉詰めフライです。

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この日もたくさん、作りました!



急に涼しくなったからかしら? くるあんパパ、

ここ数日、咳き込んでいます。声もガラガラで

辛そう。。。 美味しい葡萄で元気になってね。

ママは元気一杯、くるあんと散歩しています。

毎度、同じ話ですが、パパかママどちらか一人でWAN散歩すると

あんずがとーっても寂しそうに、クンクン( ̄∞ ̄)泣き

家を振り向きながら歩きます。

とても情の厚い あんちゃんです。
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頂きもの

2017/07/16(Sun) 08:17
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今年も向日葵が次々咲き誇っている我が家の庭。
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野性味たっぷりの、放ったらかしガーデンです。

クルがひとり歩きしているのは
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脱走したのではなく、この暑さの中、散歩中の

クンクン( ̄∞ ̄)匂い嗅ぎが余りにも長いので、

せっかちなパパの忍耐の限度を超え、クルはおいて行かれてしまったのです。

落ち込んだ?いいえ、クルは平気です。我が道を行く・・・クルですから。

でもこの後、パパが戻ってきてくれ、抱っこされて帰りました。

クルは、あまり有り難がっていませんでしたけど・・・(´ε`;)



先日、豚肉と玉ねぎの串揚げを作ってくれたパパ。

それがとても美味しかった・・・と言うママに

マグロのヅケと、玉ねぎに片栗粉を付けた

竜田揚げ&玉ねぎの素揚げに挑戦してくれました。

ちょっとこんがりしているけど、(゚∀゚)ウマウマ美味しかったです。

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さて!  

いつもながら、ワン友はじめ、お友達、親戚から

色々送っていただいています。 昨年などほとんど

ブログアップを忘れ失礼しましたが、感謝の気持ちは忘れません。

今年も、アップをサボってしまい、ごめんなさい。



遅れましたが。。。東京のシュナ友・もふう家から

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美味しかったです!

そして今月初め、車山に行った時のシュナっ子仲間からの
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お土産。。。

向かって左の2点は、カトちゃんからの、白トリュフ塩・燻製塩。

向かって右は海老せんべいと、クマの絵付きボトルはトトロ家から。

真ん中のワインはもちろん、トマト家から。

ワインはもう1本あったのですがDSC09865.jpg

ママがあっという間に頂いちゃったのですm(_ _)m

そしてパパの幼馴染、Tさんから、名店のうなぎ。
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美味しく頂いていま~す♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦

他にも甥っ子Nくんからのハムソーセージセット。

シュナっ子・るるららちゃんのおウチから折に触れも色々頂戴し

とても感謝しています。。♥。・゚♡゚・。♥。・゚♡゚・。♥。

お~おっと! シュナっ子じぃ家からも!

右のアップルパイは、お友達とすぐ頂いちゃいましたが
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アンズゼリーは、この後、お盆休みにやってくる娘たちと

じっくり味わいます。
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送ってくださった皆様ありがとうございました。

そして、今日のアップをご覧下さっている皆様、

見せびらかして、ごめんなさい。



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スマホその後のドタバタ編

2017/07/08(Sat) 07:35
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スマホが世に出て、どれくらい経つのでしょう。

タブレットとか色々新製品が登場するたび

ママのアンテナがピクピクしていたものです。

でも介護に追われていたり、その時の暮らしの最優先ではなかったし、

何よりも、3,11の大震災以来、

絶対、必要でないものは、我慢しよう、という考えが定着していました。

天災で失った家族や家の悲しみに堪える人々の気持ちを思うと、

絶対必要でないものに心を奪われないよう、自分に言い聞かせていたのです。

でも今回、長年使っていた携帯電話に不自由を感じるようになり、

もういい加減、変えていいかな?とパパと話し合い、二人共機種変更。

パパはそれまで10年以上使っている携帯電話が、

2階から落としてもビクともしなかった点を高く評価。新型ガラケイに。

ママは今更ですが、スマホに変えました。

変えた直後、仲良しシュナっ子家族と集合し、ラインに初挑戦。

メンバーのカトちゃんが親切に、手とり足とりご指導してくれ

苦もなくラインデビュー。。。

と、ところが。。。

このラインの画面。。。文字を打つ部分と、それが表示される部分が

ほぼ重なっていて、打った文字の確認にたいへん手こずるのです。

矢印でこつこつ戻り、確認したつもりで送信すると、

違う文字に気づく。。。しかも逆な意味、相手に失礼な言葉。

ではスタンプは? 指が触れた途端送信されるため

意思の通りに操作できない。。。(´ε`;)

旅から帰った翌日、購入したショップに相談へ行き、

あ~だ、こ~だと不満タラタラ。

「慣れていただかないと・・・」と呟くスタッフに、

「間違った送信ばかりで、慣れるわけにはいかないよ」と粘ると

不器用な年寄りの愚痴に困った表情をしながらも、

優しいスタッフは解決策をひねり出してくれました。

重なっていた打つ画面と表示する画面の問題も

スタンプも、見間違いがない限り、何とか解決。

今後は失礼なラインや、メールを送らないようになるのでは。。。

と思いつつ、おっちょこちょいの性格と、老眼のせいで

また何やらやらかすかもしれませんが、お仲間の皆様

今後もよろしくお願いいたします。
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賢王に想いを寄せて・・・

2017/05/28(Sun) 23:43
韓ドラ 『イ サン』 を何度も見ています。

朝鮮王朝 22代王 正祖の波乱に富んだ人生。

地デジでもCSでも、BSでも何度も放送され、それを何度でも見、

その上またも、6月20日から再・再・再・再・再放送されると聞き、

楽しみにしているママです。

イ・サンの時代から遡ること400年…朝鮮王朝建国の時代からの

ママの知る限りのあれこれから、紐解いてみたいと思います。


皆様ご存知の通り、高麗王朝を倒し

将軍李成桂が初代朝鮮王朝の王となったのが1392年。
(日本では南北朝の時代)

この建国の時、大きな手柄を立てた官僚とその子孫は

政局内で大きな力を持っていたのに反し それに歩み寄ることなく

地方で悠々と儒学を学ぶ知識人(士林派)が増えて行きました。

彼らは志を同じくする者同士グループを作り、やがて

この知識人たちも、自分たちの知識を実践するため政局入りを

願うようになったのです。 それにより

熾烈な政局争いが生じ、この争いが後々王朝を揺るがす種になったのです。




それとは別に。。。

朝鮮王朝の歴代王の中には希に優秀な王も出、特に

世宗(4代)は、進歩的な思想で国の基礎を固め、

王朝は安泰するかと見られました。

世宗は当時両班(貴族)の特権であった知識・勉学を、

誰にでも受けられるよう、難しい漢文を簡単に…と、ハングル文字を制定、

多方面で名君と謳われ王朝の全盛期を築きました。 でも

身分の格差を望む両班(貴族)は賎民(奴隷)が知識人になることを恐れ

世宗亡き後、これが世に広まることはありませんでした。

この後、世宗の意志を受け継ぐ者はいたのでしょうか?

朝鮮王朝歴代の王を読み解くと、このように立派な王が現れたかと思うと

不思議なことにその子供に残虐な性格の王が現れることが度々です。

名君であった世宗、そして次の5代王は秀才であったが病弱で若くして世を去り

その子供6代王は・・・世宗の3男スヤンにより、王座を奪われた後、惨殺され…

こうして甥の王座を奪った残虐な7代王スヤンですが、彼の孫9代成宗は名君と呼ばれ

そのまた子供は残虐なあまり王位を剥奪された燕山君です。

燕山君が暴君となった理由は、生母を死に追いやった背景に

派閥が絡んでいる(主に父方の祖母インステビ)と知ってのこと。

彼は母の死に関わった者を粛清し、旧建国功臣は14代王の時代に終焉。

残る党派の士林派…(地方出身の知識集団。儒教を元に政界に進出)も

その後 党争が始まり、西人・東人に、(後に東人が南人・北人に)別れ

更に西人派が二手に別れ老論(のろん)VS少論⇒時派イ・サン派
                 ↓
               過激派(イサンの祖父を擁立。イサンと対立)
等など常に政局論争に揺らぐ王朝であり、これから始まるイ・サンと

祖父を擁立している派閥が、敵対していることを念頭にお読みください。




「イ・サン 朝鮮王朝22代 正祖」は、4代王世宗に次ぐ聖君となり

朝鮮王朝第2の全盛期、朝鮮半島のルネッサンスと言われる時代を手がけました。

時代はフランス革命や米独立戦争の起きた時代で、日本では

江戸時代中期~後期にかけて。寛政の改革の頃。

今日のブログは長くなります、覚悟の上お読みください~♪゜・*:.。. .。.:*・♪




主人公イ・サンは あの人気ドラマ・トンイの息子の孫。

このトンイの息子が朝鮮王朝歴代で最も長生きした

21代王の英祖。英祖は当時の巨大勢力老論派に翻弄され、

朝鮮王朝三大悪女の一人である王妃(後妻)に操られ、

神童と言われた聡明な我が子(後継)を

米びつに閉じ込め、死に追いやります。
(この英祖の息子への怒りは、別の説もあり)

この時、幼かったサンは父の無実を信じ、無念な思いを抱きます。

この米びつ事件は実際にあった出来事ですが、ドラマでは

架空の話がプラスされ、幼いサンが父を救おうと

奔走する際、同年齢のテス(男子)とソンヨン(女子)

と出会い生涯の友となり、これがドラマの柱となります。

このソンヨンは実在の人物ですが、ドラマの中の設定は

現実と違い、成長し、宮中の図画所…絵画で記録を残す部署…

の茶母(たも・女性職員)となり、社会的地位の低い立場から

紆余曲折の末、サンと運命の再会を果たします。

幼い頃から心を寄せ合っていた二人ですが、

茶母は宮中でとても身分が低く、王様のお側に近寄れる立場ではありません。

その上サンの母の強い反対もあり、清へと追いやられ苦労の末、

命からがら戻ってきたソンヨンを見て、サンはよりその存在を感じ入ります。

サンは誠実な側近や、頭の切れるホン・グギョン(悪名高い実在の人物)

またソンヨンと共に竹馬の友であるテス(武官)に支えられ、

幾度とない窮地を乗り越えます。

祖父英祖に認められ、老境の王に変わり世襲を任されたサン。

でもその行く手には、父を死に追いやった巨大勢力の横暴に、幾度となく

足元をすくわれます。命を狙われ、無実の罪を仕立て上げられ…

そして父と同様、祖父・英祖の信頼を失い、家臣の前でサンは問われます。

「お前の父は誰か?」  と。

実はサンは、叔父の養子になっていたのです。

王命により米びつに閉じ込められ、餓死させられた実の父は罪人であり、

罪人の子が王になる資格はなかったからです。

大勢の重臣の見守る中、サンは言葉に詰まりながら答えます。

「私の父は、伯父上です。でも、この体をくださった父は

思倬世子(さどせじゃ)さまです」と。
(倬という字が違いますがお許しを)

思倬世子とは、我が子を死に追いやった英祖が、

「思えば思うほど、可哀想な我子よ」と嘆き悲しみ、名付けた名。

つまり英祖は、当時の真相を究明できないまでも、

我が子の偽りの言えない性格を知っており

その真っ直ぐな人柄をサンが受け継いでいることも感じていました。

それでも自分を援護し王にしてくれた老論派を前に

孫をかばえないばかりか、英祖は怒り狂います。

そしてサンの世襲を取り下げ、サンが今の言葉を撤回しなければ、

あるいは3日以内に思倬世子の無実を証明できなければ

次期王にはしない、と言い渡します。

こうして英祖の怒りを買い、再び窮地に立ったサン。


ドラマでは英祖とソンヨンにも接点があり、

英祖の好きな梅の絵を描き、彼女は気に入られます。

またサンの父が残した絵に隠された書を発見し、それにより

長年の悲願であったサンの亡き父の無実を証明することになったのです。

こうしてサンの窮地を救ったソンヨンに、英祖はより心を開き

死に追いやった息子の顔立ちを語り、肖像画を描かせ

やっと息子に会えたことを感謝し、トンイの形見の指輪をソンヨンに渡します。 

この指輪がその後のソンヨンの地位を確かなものにするのです。



記録的天寿を全うした英祖の後、孫のサンが

晴れて22代王となる即位式で行ったあの

「世は思倬世子の子である」 という有名なスピーチ。

思倬世子は後に荘献世子と名を変え、その墓地もサンの悲願により

美しい水源に囲まれた華城に移されました。



ドラマでの図画所のソンヨンは、異例の抜擢…というより

正祖に 「王としてでなく、ひとりの男として…」 と切望され側室になります。

でもこの設定(茶母…下働きが側室)には無理があり、実際は

王または王妃のおそばにいた女官だったのでは?と言われています。また

この時代の王の妃・側室は10代でお輿入れすることが多かったそうですが、

朝鮮王朝実録によると、このソンヨンと思しき側室は、サンと同年齢で

30歳位であった、と言われています。並みいる側室の中で際立って

王の寵愛を受け、当時一人の側室は一回懐妊する程度であったのに、

ソンヨンは3人も子をもうけ、その最初の子がまだ幼い時期に

周囲の反対を押し切り、世子(後継)にすることを正祖は宣言。

ソンヨンへの愛の深さが現れている、一幕です。

でもこの子も含め、ソンヨンの子は全て夭折。

ソンヨン自身も若くして死を迎え、

正祖が深く嘆き悲しんだ様子が、記録に残っているそうです。

ドラマ同様、王を精神面で支えた女性であったのでしょう。

ドラマ イ・サンは愛の物語であるとともに、正祖が残した数々の偉業が

その名君ぶりを示しています。また常に命を狙われ続けた王であり

その波乱万丈の人生が、実在の歴史上の人物とともに描かれています。

イ サン
ドラマではサンが王となるまでに、多くの苦境を乗り越える手助けをし

サンから「我が友」と呼ばれ、信頼の厚いホン・グギョンですが、

この正祖の時代の朝鮮王朝実録には、悪行の数々が記録されており、

彼を見抜けなかった正祖は、若かりし頃、人を見る目がなかったのでは?

とも言われています。

ドラマでのグギョンは頭が切れ、瞬く間に出世していきますが、更に

権力を意のままにしようと、妹を正祖の側室に送り込みます。

妹に王子を産ませ、自分が次期王の叔父となり、権力を振り翳す計画です。

ドラマでは成人した女性が妹として登場し、ソンヨンを虐め、想像妊娠をし

それを王妃の策略で流産したなどと嘘を重ね自滅する役どころでしたが

実際のグギョンの妹は14歳で宮中へ入り、ほどなくして亡くなったようです。

ソンヨンは肝臓癌…正祖も病死と記録されているようですが

皆、激変して急死しており、ソンヨンの子も3人とも夭折していることを思うと

毒殺説を否定できません。

グギョンは、駆け上がっていったものの結局は悪事が露呈し、失脚。

極寒の僻地に流され失意のうちに30代で亡くなります。

正祖は、身分や家柄、奴隷制度の廃止、婚外子を宮中に採用する等

先進的な考えを持った王だったため、両班(貴族)に命を狙われ続けます。

ドラマの中で、奴婢にも教育を受けさせ、誰もが自分の力を発揮することで

国が潤うことになる…と語る聖君ならではの場面もあります。

今では当然のことですが、この時代は進歩的発想だったのでしょう。

旧習にとらわれず、王の政治への討論もさせ、

財源確保のため、生産力の向上と農業生産の向上

文化事業の推進、学問の活性化。学術研究機関の設置。

ホン・グギョン亡き後、チャン・ヤギョンという実学派が、

画期的な建設機器を考案し、様々な施設や基地に役立てました。


正祖が後10年長生きしていれば、朝鮮はもっと大きな国になったことでしょう。

実際は正祖亡き後、権力を復活したのがなんと!

正祖の祖父英祖の後妻であり、3代悪女の一人であり、正祖の宿敵貞純大妃!

幼い23代王(ソンヨン亡き後の側室の子)の世襲となり、

やりたい放題やっていきます。

正祖の掲げた、自由と平等の朝鮮とは程遠い、民を苦しめる政治が

復活したのです。奴隷制度の継続、貴族でないと教育を受けられない…など。

1900年近くに朝鮮で撮られた写真の中に、首に板や鎖を付けられた

数々の奴隷の姿が残っているのは、世界的に見ても珍しいことです。

正祖の打ち出した奴隷制度廃止が実現するには、100年以上かかっているのです。

彼の父の墓所のある華城は1794年に着工し、1976年に竣工。

1997年にはユネスコ世界遺産に登録されました。

正祖は草葉の陰で、200年近くかかった華城の完成を

どんな思いで眺めたのでしょう?

南北に分かれた朝鮮半島の今を、どう思っているでしょうか?




ドラマの中の名君・正祖は、清との戦争を避け、平和を守りました。

温厚な正祖ですが

清の者が朝鮮国内で悪事を働くと、我が国で裁く、と正祖は宣言。

自国に連れ帰って清の法で裁くという、清の使節団の大使が、

皇帝の名まで出して脅しをかけても、正祖は譲りません。

当時は平和な今と違い、朝鮮王朝は強国清の属国であり、

脅威の存在だったはずなのに。

つまり正祖は自国の民に心優しく、自国をおびやかす強国には

果敢に対応した王なのです。

今、米国の訳の解らないトランプ大統領に諂らい、

ロシアのプーチン大統領を友達だのと言って

いいようにあしらわれた、我が国のトップリーダーに

爪の垢を煎じて飲ませたい気持ちになるのは、ママだけでしょうか?



私は今日も、賢王への尊敬の思いを胸に、

『イ・サン』 を見ています。



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大好きな・・・

2015/08/16(Sun) 18:59
くるあんママは

ほとんどの果物が大好きですが、特に

無花果がダーィヽ(*´∀`*)ノ スキッ★!ー(o ̄∇ ̄o)♪

いつも無花果!無花果!と騒いでいるのでパパが 庭に

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植えてくれました~ヽ(*´∀`)ノ ちっちゃいね。。。(*゚▽゚*)

カエルくんლ(╹◡╹ლ)タカワ(・∀・)イイ!!150611_0858~01



毎日、玄関で150813_1001~01

ママがカエルのを待ってくれるカエルくんで~す(*≧m≦*)
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ありがと
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プロフィール

くるあんママ

Author:くるあんママ
2012年夏、東京下町から南房総内房の海岸近くにお引越し。
ミニチュアシュナウザー、くるみ(ソルト&ペッパー12歳)とあんず(ブラック8歳)パパママの4人暮らし。
時に、オバちゃんの介護日誌も兼て。
東京の家には長女CHA-ネエ・ポメラニアン小太郎(7歳)きなこ(2歳)が。
お散歩、趣味(料理)、お友達とのお付き合い、ボランティア等々気の向くまま綴っています。

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