くるみとあんずの散歩道

2017 / 06
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思い出の写真

2017/06/06(Tue) 21:02
写真を撮るって、難しいです。

構図とか、全体的な出来は別として

ピントが合うか合わないか、だけでも難しいです。

風の無い日の、田んぼや
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畑の作物は、(↓オリベちゃんちの畑)
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まぁまぁ綺麗に撮れます。
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風に揺れてピントが合わない時もありますが
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植物は大体、写真写りが良いのです。
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で。。。上手く撮れない被写体についてですが。。。


今日、可愛い雀を見かけたのです。

葉っぱの切れ端を、大事そうに咥えて、チョンチョン飛び跳ね

時々、葉っぱをクチバシから落とし、慌ててまた咥え。。。

その葉っぱを何にしたいのか、遊んでいるだけなのか。。。

雀の考えていることはわかりませんが

何か嬉しそうにウキウキしています。

全身を小刻みに震わせながら

楽し気に、一人で盛り上がっている雀♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦

可愛い姿を、飛び立つ前にカメラに収めようとしたのですが
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ピンボケになってしまいました。

ママのカメラももちろん、動きの速いものを撮る時など、

その場に合ったカスタム機能を選び、ピントに合わせることができます。

でもそんな作業をしている暇はないとき、

シャッターを半押しにして、ここぞ!という場面に備える…

等などしています。それでも・・・

旨くいかないことが度々です。



今、見ると、大した写真ではないのですが

ブログをやっていこうというきっかけになった一枚が

これです。  ↓
夢の島2007年9月
2007年に撮った写真ですので10年前、東京に住んでいた頃、

夢の島にお散歩に行った時のこと。

逆光ですし、全体的に上出来とは言えませんが

その逆光が、周囲の景色の明暗を美しく感じさせます。

ブログを始めたばかりママのブログを、初めて訪れて下さり

その日以来ずっと親しくして下さり、家族ぐるみのお付き合いに発展した

今は亡きトマトママさんに、褒めて頂いた一枚です。



トマトママさん、ママさんが褒めてくださったこの写真を

くるあんママは、10年経った今も越えられずにいます。

でも楽しく写真と向き合っていますよ。。。

その、愛嬌のある笑顔と

大きなカメラを覗き込む、あなたを思い出しながら。。。






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お弁当の思い出

2017/05/30(Tue) 08:00
いつもお庭の手入れをしていらっしゃるお宅にお邪魔し
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写真を撮らせていただきました。

これは↓時計草というそうです。
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なるほど・・・と思うでしょ?

どの花も綺麗に咲いていて
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愛情いっぱい受けているのが解ります。

特に薔薇は
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誇らしげな感じ。。。
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鮮やかですね~
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今日も朝から忙しい1日になるので

お弁当作って、出かけました。

左奥、ジャガイモ・新玉ねぎ・ミートソース・トロけるチーズのオーブン焼き
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右奥、揚げ焼売、南瓜クリーム煮、黒豆煮豆、

右手前、玉子焼き、野菜たっぷり酢の物
(時期が時期なので、全て火を通してあります)

コッテリ系が多いとに思われるかもしれませんが、

ミートソースのチーズ焼きも、野菜たっぷりですし、

全体的にしつこさは感じません。

揚げ焼売もサッパリ系で、これは

ママが学生時代の、お弁当のおかずの定番メニュー。

くるあんママの実家は、実母が家事放棄していたので、

叔母が主婦業の殆ど、とりわけ料理を仕切ってくれていました。

今、ネット検索すればどんな料理法も載っていますが

当時はそのようなものはなく、料理学校で習ったものを

叔母のアイディアで、家族に喜ばれる味に工夫してくれていました。

そんな叔母のオリジナリティが生かされた一つがこの揚げ焼売です。

受け継いだママは更にこれにひと工夫し、

揚げ衣に大根葉(乾燥させ刻んである)をプラスしています。

大根葉がない時は、青海苔を使います。

叔母のお弁当レシピはこれ以外にも

コンビーフ入りのスクランブルエッグ等々。。。こうした叔母の創作料理は

クラスメートに人気が有り、昼休みになるとママの席に集まってきて

お弁当を覗き込み、好きなおかずをチョイスしていく友達もいました。

そんな彼女たちが大人になり、自分の家族にお弁当を作るようになり

久しぶりに顔を揃えた席で、叔母のお弁当レシピを尋ねられました。

叔母にそのことを報告すると、とても喜んでくれました。


 《叔母さん、ありがとね。そしてごめんね。。。》


実は学生時代、クラスメートのお弁当が羨ましくて

叔母に不満を言っていたのです。みんなのお弁当の

メーンのおかずは記憶にないのだけど、果物や生野菜が彩りよく

綺麗に盛られ、そのうえ、可愛らしい小さなお弁当箱に入っていて。。。

そんな少女向きお弁当を横目に、自分のを見ると

男兄弟ばかりだったからでしょうか。。。

揚げ物がメーンで、おかずはどれもドカンとした存在感。

全て手作りとは言え、全体的に彩は茶系で、野菜は?というと

キュウリのぬか漬けが、しかも金気臭くしないため包丁を入れず

まるごと1本入っていたり、しかもそれらが・・・

漆塗りのお重のようなお弁当箱に詰められ、風呂敷に包んであったのです。

叔母の愛情がそこかしこに込められていたのは事実ですが、ママは

その時代の、可愛い女の子向きなお弁当を望んでいたのです。

そんなことを、家で文句タラタラ言ったのですが、叔母はどこ吹く風で

「食べりゃ、あたしのが美味しいに決まってる」と豪語!

決して女の子向きお弁当にチャレンジしてくれませんでした。

今思うと、毎朝、暗いうちに起き、頭に手ぬぐいをして

大家族の朝食とともに父や3兄弟のドカベンをつくり

その上、少女向きお弁当を別に作れ!って無理ですよね?

それに・・・そんな叔母の手作り満載の茶系のおかずを、

大人になっても覚えてくれていて、レシピを聞いてくれる友達もいるのだから

当時のママは、その美味しさや有り難みに気付かなかったのですね。。。


さて・・・時が経ち、ママは高校生になった子供たちにお弁当を作るようになり
(小中学は給食だったの)

ママが叔母に言ったように、「もっと可愛いお弁当にして欲しい」

と子供に言われていました。友達のお弁当はひとつひとつのおかずが

小さくて綺麗で、可愛いのだそうです。

この頃は、大手スーパーにキャラクター入りの卵焼きや蒲鉾…

他にも出来合いのお弁当用の冷凍食品が、小さく小分けされ

無い物はないほどずら~~~っと並んでいたのです。

ママは叔母ほど料理上手でも、頑張り屋でもないのですが、

「食べればママの方が美味しいんだよ!」と同じ口調で言い、

子供たちの希望を却下。実際は添加物の心配をしていたのです。


その後大人になった子供から、小・中学校のクラス会での報告され

驚いたことがあります。それは運動会と遠足とか、普段の

学校給食のないとき、お母さんを亡くした子のお弁当を

ママが作ってあげていた…というのです。

そんな記憶は全くなく、「他のお母さんでは…?」と言ったのですが、

「間違いなく、ママだってよ。。。」とのこと。

ママは今も思い出せずにいるのですが

もしそれが事実で、今も覚えてくださっているとしたら

とても有難いことです。

食べ物の思い出って、心温まります。



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晴れた日の日中は暑く感じますが、夕方の海岸は
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肌寒いくらいでした。
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夏祭り ママの記憶の昔と今

2015/08/23(Sun) 18:02
この土日、地元の夏祭りが開催され、

班の副班長・くるあんパパにとって大忙しの3日間になりました。

前日・金曜日から準備に入り、慣れない作業にてんやわんや。

何せ、新参者にとっては 屋号で呼び合う地元の皆さんの

会話についていくのも てんやわんや。。。そんな中、

若者たちが中心になってテキパキ作業してくれたそうです。

土曜日(お神輿の本番)は朝6時半から出番。

すでに(;´Д`σ)σ【★猛暑★】DSC06108.jpg


お神輿には所々で休憩する箇所があり、その移動先に

お神輿を置く台を設置するのがパパの役目。

力仕事でもあり、責任重大でもあり、猛暑の炎天下の3日間

干物状態になって帰ってきましたが

お祭りが楽しかったと見え、意外と元気にしております。

特に海岸でのクライマックスはちょっとした見ものだったようで

来年はママも撮影隊として追っかけしようと思っています。


ママはここに越してきた時から、時々ハッとすることがあります。

この田舎の のどかさが好きで、素朴なところが大好きなのですが

ママが育った東京下町のイベントと、あまりにも違うのでびっくりしてしまうのです。

今日は江戸深川祭りの活気と、岩井の素朴な祭りの魅力を紹介します。





ママの育った深川の夏祭りは。。。深川お祭り奥に見えるのが八幡宮
細かい点々は人ですよ。


水のかけっぷりがすごい!
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かたや 海辺の町ではお神輿
次の神社は。。。赤い矢印だよ( ´艸`)ムププ
神輿
それにみんな、静かなんだ。

深川じゃ、「( ゚∀゚)o彡°ワッショイ」 ピッピ(笛の音)が鳴り響いていたけど

こっちはテレビ見てたら、通り過ぎちゃったっ!って感じ。



もう一度、深川のお神輿風景 見ようか!深川本祭りこの人出。



田舎は静かだよ~~~
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大人も子供たちも一緒になって笛や太鼓で、

夏の思い出を盛り上げます。
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1995年の思い出

2015/01/17(Sat) 20:12
今から20年前のこの日、東京の自室で

不気味な揺れを感じ目が覚めました。

阪神淡路大震災でした。

早朝より、次々とビルや高速道路、家屋の崩壊、

火災、煙、停電、亡くなられた人々、生き埋め状態の人々、

水や食料の不足等など、地獄絵図のような映像が

テレビに流れていました。

その時、ショックを受けるばかりで、呆然としてしまい

何を今、自分がすべきなのか、しばらく手につきませんでした。



その2ヶ月後、東京で大きな事件が起きました。

何度もブログに書いている話ですが、

地下鉄日比谷線の人形町駅で

私は偶然その朝、いつもよりひとつ前の地下鉄に乗りました。

いつもの駅で降りると、ホームに立て看板があり

「次の電車は来ません」と書いてあります。

それが地下鉄サリン事件でした。

いつものように、いつもの時間に乗っていたら、

私はあのサリン事件に巻き込まれていたのです。



その数ヵ月後、友人のご主人が病死されました。

小・中・高の3人の子の行く末を案じながら、

発病に気付きわずか1週間後に息を引き取ったそうです。

突然の訃報を聞き

「びっくりしたわ・・・」と言う私に

「一番びっくりしているのは、本人だと思うわ」 と彼の妻。

三途の川を前に、なぜ

自分はここにいるのだろう? と

思っているのではないかしら・・・と。

3人の子供の成長を生きがいに

彼女は働く日々になりました。


世の中にはこんなに苦労している人がいるのに

私はのんきにしていて良いのだろうか?

自分だけの幸せを考えてはいられない・・・など

20年前のこの年、私は

自分の人生を見つめ直す分岐点になりました。


亡くなられた方々を悼み

遺族に想いを寄せて、少しでも

自分の出来ることを協力させていただきたい。。。


そんな気持ちにさせていただいたことに

感謝しています。 

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3人娘の訪問

2014/09/28(Sun) 09:01
くるあんパパは

新人教師の頃、1年で10キロも痩せたほど

がむしゃらに頑張っていたようです。

生真面目な熱血漢の教師として

体力気力ともに一番充実していた頃

テニス部の顧問も引き受けていました。

その頃テニス部の女子たちは

30代になっても嫁の来てのないパパを心配して

こう言ってくれていたそうです。

「大人になったら、私たちの誰かが嫁になってあげるね」

と。。。

まるで、犠牲になってあげる・・・みたいな口調で。。。( ´艸`)ムププ

彼女たちは高校生、大学生、社会人になっても

時折、テニス部の仲間を誘い合って我が家に遊びに来てくれ

想定外だった犠牲的精神(?)の嫁の存在を知り、こう言っていました。

「良かったァ~~ヽ(*´∀`)ノ 先生に嫁の来てがあって~」

中学時代の言葉などケロッと忘れ、みな

素敵な彼と結婚。下町を巣立って行きました。


その後それぞれ、社会人として家庭人として多忙を極め

再会の機会が途絶えたまま数年たったある日。。。

東京のホテルで同窓会が。

久しぶりにパパと教え子たちの再会。

中学を卒業して40数年・・・

教師も教え子もゆとりある時間を共有できるようになっていました。

そしてこの土曜日。

テニスの女子3人が海辺の我が家を訪ねてくれました。

まずは館山城へ。。。P9270036城山公園3人

昼食は我が家で~
3人DSC02612

この日一緒に来てくれる予定が

仕事が入ったため来られなくなったミネ君から届いたぶどうを
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デザートに頂きながら

同窓会のDVDを見、

中学時代の思い出話や、子育て、仕事の話をぺちゃくちゃ。。。

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下町のお嬢さんたちもすっかり大人になっていましたが

話し方や笑い方は昔のまま。。。

タイムスリップしたような気が・・・

名残惜しみつつ、東京へ帰る彼女たちを

クルが見送っていました。
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プロフィール

くるあんママ

Author:くるあんママ
2012年夏、東京下町から南房総内房の海岸近くにお引越し。
ミニチュアシュナウザー、くるみ(ソルト&ペッパー12歳)とあんず(ブラック8歳)パパママの4人暮らし。
時に、オバちゃんの介護日誌も兼て。
東京の家には長女CHA-ネエ・ポメラニアン小太郎(7歳)きなこ(2歳)が。
お散歩、趣味(料理)、お友達とのお付き合い、ボランティア等々気の向くまま綴っています。

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