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くるみとあんずの散歩道

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田舎暮らしを始めた理由

2019/01/08(Tue) 16:54
くるあんパパママが 長年住み慣れた東京を離れ

ここ南房総に移住した理由を、時々尋ねられます。

思えば夫婦ともども、若い頃から漠然とした

田舎暮らしに憧れを抱いていました。

パパは東京都の職員でしたので、

職場に困らないという理由で

東京の中の田舎に目を向けたこともありました。

檜原村のように自然があふれる田舎もありますし

小笠原諸島も八丈島も東京ですし、どこに移住しようか?

パパと真剣に話し合ったことが何度もあります。

でもその度、パパ、ママそれぞれの両親に止められ

近くにいて欲しい…と懇願されました。

そうこうしていくうち娘たちも成人したことですし、

ママの介護疲れもあり、自分達の残りの人生を大切にしよう、と

ようやく始めた田舎暮らし…それがここ南房総であり

ここに決めた理由は、パパの親友が暮らしていたからです。

KIMG0582.jpg




さて…ママの田舎暮らしのイメージは…

子供の頃の思い出にあります。

当時の家庭教師の先生が、時折

遊びに連れて行ってくれた場所。そこは今では大都会ですが

当時は木漏れ日の差し込む、樹木に覆われた都下にありました。


都下…それは東京23区外であり、23区に比べ

自然が豊かな地域がほとんどです。

ママの家は東京の下町にあり、家々が密集していましたが

家庭教師の先生の暮らしの中心、武蔵野は

東京都下の中でも、特に豊かな自然が残っていました。

半世紀以上も前の武蔵野は、緑が鬱蒼とした雑木林が広がり

今の八ヶ岳の別荘地のような所だったのです。

下町の家から電車を乗り換え、バスも乗り換え、その後歩くうち。。。

静寂に包まれた小道に、入り込みます。

先生と一緒にさくさくと落ち葉を踏み、樹の名前を教わり

綺麗な落ち葉やドングリを拾いながら、木立の中を進むと

所々に、小さな木造の平屋の家がひっそりと現れます。

その中の1軒の、小さな、素朴な洋風の家の木のドアをノックすると

清楚で気品のある、華奢な若い女性が現れ。。。

その瞬間、家庭教師の先生は、普段ママに見せている地味な先生ではなく

明るい若者に変貌するのです。

その人柄通り、真面目な話題ばかりの二人でしたが、きっと

心の中で想い合っていたのでしょう。



当時の若者は独身の女性の家を訪問するなど以ての外でしたので

きっと、彼女に会うため、先生は

小さな教え子の課外授業をしてくれたに違いありません。

子供だったママは、そんな二人の気持ちに気付いてあげることもなく、

「ねーねー!オルガン弾いてよー!」と二人の間に割り込み

賛美歌や小学唱歌を一緒に歌いました。

窓の外には自然が広がり、大きな樹木が家を囲み、

小鳥のさえずりが聞こえる…武蔵野の小さな家。

ママは今でも、あの時の先生達と過ごしたひと時が

白黒映画の一コマのように蘇ります。

それを思い出すたび、あの雑木林、あの小さな素朴な家が

ママの田舎暮らしへの憧れの原点だったのかな?と思います。

今、暮らしている強い陽の光と海の町は、

あの武蔵野の静寂とは真逆です。

でもあの時の雑木林は、今では大都会になり、

駅周辺はマンションが建ち並んでいます。

ここ、南房総の我が町は、きっと

半世紀経っても、大都会にはならないでしょうし

この海や山、大空が広がる姿は

当分続くのでは…と。。。

DSC01509.jpg

子供の頃のママが夢に描いた田舎暮らしとは違うものの、

変わらない魅力に希望を感じています。

KIMG0579.jpg




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東京へ 歌舞伎鑑賞

2017/12/03(Sun) 22:54
くるあんパパがこの秋、

長引く風邪で、どうなることかと思うほど心配な状態だったことを

先日ブログに書きましたが、それが治りかけた時期・・・

どうしても車で館山まで出かけなければならない事情ができ、

恐る恐る運転してもらった日のことです。

家ではカスれた声でボソボソ喋り、ヨボヨボ歩いていたパパ。

くるあんでさえ、心配そうに見送ってくれた状態のパパでしたが…

車に乗った途端、顔つきがキリッ!

ハンドルを握り、アクセルを踏むその様子が・・・

家でのヨボヨボぶりと・・・・・・違うっ!

全身に気迫がみなぎっているのが感じられます!



前を走行する車は・・・どれも

田舎ならではのんびり感を漂わせています。

トンネルに入るやスピードを落とし、当然ライトなど点けず、カーブに差し掛かるや

止まるかと思えるほどスピードダウン。曲がる手前でまずブレーキを踏む。。。

何でここでブレーキ?!・・・突然のことに驚きこちらも急ブレーキ。

後部座席の荷物倒れる。と、ここで徐ろにウインカーを出して曲がって行く前の車

操作が逆だろー!ヽ(`Д´)ノとパパ。  こうした意外なところでの意外な判断が、

パパにとって安全運転とは言えないらしく・・・抑えていた感情が高まっていき・・・

そして!ついに!江戸っ子ドライバー気質、炸裂!!

「何!もたもたしてるだァ~!」苛立ちのつぶやきにも張りが!!

突然の大声!突然元気になったパパに (゚д゚lll)・・・ビックリ!

やっぱりパパは車の運転が好きなんだね?



そんなパパですから、

文化祭出場の手伝いに来てくれたゆ~みんからプレゼントされた

歌舞伎鑑賞のチケットを、有り難く受け止め、

東京まで車で往復してくれると言います。

ちょっと心配でもありましたが

車に乗るとパワーがみなぎるパパなので

案の定、喜々として運転してくれました。



新しくなった歌舞伎座は、パパママにとって初めてで
2017-11-10歌舞伎座
外から見ると、以前の面影通りなのですが、中は広々とし、

以前の芝居小屋という雰囲気とはかけ離れた印象でした。
KIMG0189.jpg
昔は、ファンが毎月のように通い、同じ演目を1階席2階席、3階席と

あらゆる席で鑑賞し、(観る場によって魅力が違うそうです)

幼い歌舞伎役者を微笑ましく応援。

その子らが見るたび成長していくのを見守りつつ、その後

円熟味を増していく様子に心躍らせ・・・

更に渋い芸に、感動する・・・こんな

家族愛に近い感情で応援している人が多かったような気がします。


掛け声で盛り上げ、それに応えるかのような反応を示す役者…

芝居小屋全体が一体になっているような。。。

そんな温かみは、今回薄れていたような気がしました。



時代の流れとともに、芝居鑑賞も変わっていくようで

まだ交通機関が発達する以前は、土の道を長時間歩いてくるので

足袋や着物が汚れた状態で芝居小屋に着くそうです。

楽しみにしてきた芝居見物に、そのまま入場する訳にもいかず、

持参した綺麗な足袋や着物に着替え、身支度を整え、ついでに

お腹も満たす…そのための料亭が芝居小屋近辺に存在した、

と超高級料亭の旦那さんからお聞きしたことがあります。



ママの祖父母(明治20年代生まれ)の時代は、行楽弁当のような

手の込んだお弁当持参で、マス席に陣取り、食べたり飲んだり

掛け声をかけたり、賑やかに鑑賞し、時には

役者の演技に感涙したりしたそうです。


時代とともに、役者とファンの関係や、芝居小屋周辺の町並みも

変貌していくのですね?


この日は11月でしたが、忠臣蔵のおかる勘平の、悲しい最期の物語。

テレビなどで見る、若々しい寛平と、可憐で初々しいおかるとは

だいぶイメージの違う、中年太りのおかると、やさぐれた寛平でした。

   眉を剃った大年増なおかるに、仰天するくるあんパパ。

四十七士として、主君の仇を討つための

資金の必要な寛平に役立とうと

おかるは遊女に身を落とします。

「はぁ~~~~?!?ヽ(`Д´)ノ?」

何でこんな野郎に惚れるんだよー!(`Δ´)! くるあんママ心の叫び第1弾!

おかるの父の死は、実はならず者の手にかかった上、金も奪われたのですが

そのならず者を猪(?)と間違え暗がりで矢を放ち、殺めてしまった寛平は、

迷いつつ、金を奪ってしまいます。

おかると養母の待つ家に戻ったそこに、

運ばれてきた養父の死体には、あるべき金が無いことを知り

自分が養父と知らず、死に至らしめた、と誤解する寛平。

苦しみぬいて切腹します。

その息絶える直前に事の真実を知らされた寛平。。。。



バッカじゃね~?!? ママの心の叫び第2弾。

おかるは売られちまうし、親父さんは死んじまったし、

おっかさんは全てを失ったし

その大事なお金は。。。。く・く・く。。。゚(゚´Д`゚)゚  寛平!

死ねばいいってもんじゃないだろーーー!


(*´°ω°)はっ! こんな俗っぽいこと考えちゃいけない。

芸の魅力を鑑賞しに来たんだった!

歌舞伎役者の実力はすごいなー! ぺらっぺらな現代劇と

全然違う! 見ごたえのある、お芝居でした!

褒めたり貶したりして(´Д`;)ヾ ドウモスミマセン。。。

帰りも気迫のあるパパの安全運転(?)のお陰で、あっという間に帰宅しました。

ゆ~みん、見応えあったよ! ありがとう~♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦




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思い出の写真

2017/06/06(Tue) 21:02
写真を撮るって、難しいです。

構図とか、全体的な出来は別として

ピントが合うか合わないか、だけでも難しいです。

風の無い日の、田んぼや
DSC09566.jpg

畑の作物は、(↓オリベちゃんちの畑)
DSC09517.jpg
まぁまぁ綺麗に撮れます。
DSC09518.jpg
風に揺れてピントが合わない時もありますが
DSC09519.jpg
植物は大体、写真写りが良いのです。
DSC09488.jpg
で。。。上手く撮れない被写体についてですが。。。


今日、可愛い雀を見かけたのです。

葉っぱの切れ端を、大事そうに咥えて、チョンチョン飛び跳ね

時々、葉っぱをクチバシから落とし、慌ててまた咥え。。。

その葉っぱを何にしたいのか、遊んでいるだけなのか。。。

雀の考えていることはわかりませんが

何か嬉しそうにウキウキしています。

全身を小刻みに震わせながら

楽し気に、一人で盛り上がっている雀♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦

可愛い姿を、飛び立つ前にカメラに収めようとしたのですが
DSC09570.jpg
ピンボケになってしまいました。

ママのカメラももちろん、動きの速いものを撮る時など、

その場に合ったカスタム機能を選び、ピントに合わせることができます。

でもそんな作業をしている暇はないとき、

シャッターを半押しにして、ここぞ!という場面に備える…

等などしています。それでも・・・

旨くいかないことが度々です。



今、見ると、大した写真ではないのですが

ブログをやっていこうというきっかけになった一枚が

これです。  ↓
夢の島2007年9月
2007年に撮った写真ですので10年前、東京に住んでいた頃、

夢の島にお散歩に行った時のこと。

逆光ですし、全体的に上出来とは言えませんが

その逆光が、周囲の景色の明暗を美しく感じさせます。

ブログを始めたばかりママのブログを、初めて訪れて下さり

その日以来ずっと親しくして下さり、家族ぐるみのお付き合いに発展した

今は亡きトマトママさんに、褒めて頂いた一枚です。



トマトママさん、ママさんが褒めてくださったこの写真を

くるあんママは、10年経った今も越えられずにいます。

でも楽しく写真と向き合っていますよ。。。

その、愛嬌のある笑顔と

大きなカメラを覗き込む、あなたを思い出しながら。。。






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お弁当の思い出

2017/05/30(Tue) 08:00
いつもお庭の手入れをしていらっしゃるお宅にお邪魔し
DSC09489.jpg
写真を撮らせていただきました。

これは↓時計草というそうです。
DSC09490.jpg
なるほど・・・と思うでしょ?

どの花も綺麗に咲いていて
DSC09487.jpg
愛情いっぱい受けているのが解ります。

特に薔薇は
DSC09485.jpg
誇らしげな感じ。。。
DSC09483.jpg
鮮やかですね~
DSC09482.jpg

DSC09481.jpg



今日も朝から忙しい1日になるので

お弁当作って、出かけました。

左奥、ジャガイモ・新玉ねぎ・ミートソース・トロけるチーズのオーブン焼き
DSC09471.jpg
右奥、揚げ焼売、南瓜クリーム煮、黒豆煮豆、

右手前、玉子焼き、野菜たっぷり酢の物
(時期が時期なので、全て火を通してあります)

コッテリ系が多いとに思われるかもしれませんが、

ミートソースのチーズ焼きも、野菜たっぷりですし、

全体的にしつこさは感じません。

揚げ焼売もサッパリ系で、これは

ママが学生時代の、お弁当のおかずの定番メニュー。

くるあんママの実家は、実母が家事放棄していたので、

叔母が主婦業の殆ど、とりわけ料理を仕切ってくれていました。

今、ネット検索すればどんな料理法も載っていますが

当時はそのようなものはなく、料理学校で習ったものを

叔母のアイディアで、家族に喜ばれる味に工夫してくれていました。

そんな叔母のオリジナリティが生かされた一つがこの揚げ焼売です。

受け継いだママは更にこれにひと工夫し、

揚げ衣に大根葉(乾燥させ刻んである)をプラスしています。

大根葉がない時は、青海苔を使います。

叔母のお弁当レシピはこれ以外にも

コンビーフ入りのスクランブルエッグ等々。。。こうした叔母の創作料理は

クラスメートに人気が有り、昼休みになるとママの席に集まってきて

お弁当を覗き込み、好きなおかずをチョイスしていく友達もいました。

そんな彼女たちが大人になり、自分の家族にお弁当を作るようになり

久しぶりに顔を揃えた席で、叔母のお弁当レシピを尋ねられました。

叔母にそのことを報告すると、とても喜んでくれました。


 《叔母さん、ありがとね。そしてごめんね。。。》


実は学生時代、クラスメートのお弁当が羨ましくて

叔母に不満を言っていたのです。みんなのお弁当の

メーンのおかずは記憶にないのだけど、果物や生野菜が彩りよく

綺麗に盛られ、そのうえ、可愛らしい小さなお弁当箱に入っていて。。。

そんな少女向きお弁当を横目に、自分のを見ると

男兄弟ばかりだったからでしょうか。。。

揚げ物がメーンで、おかずはどれもドカンとした存在感。

全て手作りとは言え、全体的に彩は茶系で、野菜は?というと

キュウリのぬか漬けが、しかも金気臭くしないため包丁を入れず

まるごと1本入っていたり、しかもそれらが・・・

漆塗りのお重のようなお弁当箱に詰められ、風呂敷に包んであったのです。

叔母の愛情がそこかしこに込められていたのは事実ですが、ママは

その時代の、可愛い女の子向きなお弁当を望んでいたのです。

そんなことを、家で文句タラタラ言ったのですが、叔母はどこ吹く風で

「食べりゃ、あたしのが美味しいに決まってる」と豪語!

決して女の子向きお弁当にチャレンジしてくれませんでした。

今思うと、毎朝、暗いうちに起き、頭に手ぬぐいをして

大家族の朝食とともに父や3兄弟のドカベンをつくり

その上、少女向きお弁当を別に作れ!って無理ですよね?

それに・・・そんな叔母の手作り満載の茶系のおかずを、

大人になっても覚えてくれていて、レシピを聞いてくれる友達もいるのだから

当時のママは、その美味しさや有り難みに気付かなかったのですね。。。


さて・・・時が経ち、ママは高校生になった子供たちにお弁当を作るようになり
(小中学は給食だったの)

ママが叔母に言ったように、「もっと可愛いお弁当にして欲しい」

と子供に言われていました。友達のお弁当はひとつひとつのおかずが

小さくて綺麗で、可愛いのだそうです。

この頃は、大手スーパーにキャラクター入りの卵焼きや蒲鉾…

他にも出来合いのお弁当用の冷凍食品が、小さく小分けされ

無い物はないほどずら~~~っと並んでいたのです。

ママは叔母ほど料理上手でも、頑張り屋でもないのですが、

「食べればママの方が美味しいんだよ!」と同じ口調で言い、

子供たちの希望を却下。実際は添加物の心配をしていたのです。


その後大人になった子供から、小・中学校のクラス会での報告され

驚いたことがあります。それは運動会と遠足とか、普段の

学校給食のないとき、お母さんを亡くした子のお弁当を

ママが作ってあげていた…というのです。

そんな記憶は全くなく、「他のお母さんでは…?」と言ったのですが、

「間違いなく、ママだってよ。。。」とのこと。

ママは今も思い出せずにいるのですが

もしそれが事実で、今も覚えてくださっているとしたら

とても有難いことです。

食べ物の思い出って、心温まります。



DSC09479.jpg
晴れた日の日中は暑く感じますが、夕方の海岸は
DSC09477.jpg
肌寒いくらいでした。
DSC09475.jpg


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夏祭り ママの記憶の昔と今

2015/08/23(Sun) 18:02
この土日、地元の夏祭りが開催され、

班の副班長・くるあんパパにとって大忙しの3日間になりました。

前日・金曜日から準備に入り、慣れない作業にてんやわんや。

何せ、新参者にとっては 屋号で呼び合う地元の皆さんの

会話についていくのも てんやわんや。。。そんな中、

若者たちが中心になってテキパキ作業してくれたそうです。

土曜日(お神輿の本番)は朝6時半から出番。

すでに(;´Д`σ)σ【★猛暑★】DSC06108.jpg


お神輿には所々で休憩する箇所があり、その移動先に

お神輿を置く台を設置するのがパパの役目。

力仕事でもあり、責任重大でもあり、猛暑の炎天下の3日間

干物状態になって帰ってきましたが

お祭りが楽しかったと見え、意外と元気にしております。

特に海岸でのクライマックスはちょっとした見ものだったようで

来年はママも撮影隊として追っかけしようと思っています。


ママはここに越してきた時から、時々ハッとすることがあります。

この田舎の のどかさが好きで、素朴なところが大好きなのですが

ママが育った東京下町のイベントと、あまりにも違うのでびっくりしてしまうのです。

今日は江戸深川祭りの活気と、岩井の素朴な祭りの魅力を紹介します。





ママの育った深川の夏祭りは。。。深川お祭り奥に見えるのが八幡宮
細かい点々は人ですよ。


水のかけっぷりがすごい!
140827990426745576228_1-DSC_0496[1]

かたや 海辺の町ではお神輿
次の神社は。。。赤い矢印だよ( ´艸`)ムププ
神輿
それにみんな、静かなんだ。

深川じゃ、「( ゚∀゚)o彡°ワッショイ」 ピッピ(笛の音)が鳴り響いていたけど

こっちはテレビ見てたら、通り過ぎちゃったっ!って感じ。



もう一度、深川のお神輿風景 見ようか!深川本祭りこの人出。



田舎は静かだよ~~~
P8220231.jpg
大人も子供たちも一緒になって笛や太鼓で、

夏の思い出を盛り上げます。
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プロフィール

くるあんママ

Author:くるあんママ
2012年夏、東京下町から南房総内房の海岸近くにお引越し。
ミニチュアシュナウザー、くるみ(ソルト&ペッパー16歳)とあんず(ブラック12歳)パパママの4人で暮らしていたが、2018年8月、くるみが天国へと旅立つ。
東京の家には長女CHA-ネエ・ポメラニアン小太郎(12歳)きなこ(6歳)が暮らし、年数回、海辺の家を訪れる。
お散歩、シュナ友との旅行、趣味、家族の思い出等気の向くまま綴っている。

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